「お師匠様、大変ですっ!」
日に日に目映くなってゆく陽に負けじと、
様々な緑もその芽生えの勢いを増す庭先で、
小さな仔ギツネさんと遊んでいた書生の坊や。
何に気づいてのそれか、
沓をけり飛ばすほどの勢いで濡れ縁まで戻ると
そこにやや自堕落に足を投げ出して座っていた、
こちらのあばら家屋敷の主人へ訴えたのが、
「モクレンの陰が、爪みたいな形になっていますっ。」
「おお」
芝草が元から無い辺り、
禿げちょろになった地面へと落ちている木洩れ陽が、
時折吹く風に梢が揺れるとそれらもざわざわ揺れるから、
間違いなく木蓮の葉っぱを透かしてのものだろに、
今まで見たことのない三日月型になっている。
全部が全部というのは何とも異様だと、
大慌てで急くように告げたのに、
「よくも気がついたの。」
新しい唐渡りの書物なのか、
丁寧な装丁の巻物を半ばまで広げて、
視線を落としていた蛭魔はといや、
示されたそちらを見やって、だが、
偉い偉いと口元をほころばせるばかり。
「???」
「おやかましゃま?」
今朝は昨夜から館にいた仔ギツネさんも、
書生くんのお背にちょこりとしがみついて、
同じようにお目々を見張っていたのへと、
「くう、何か感じはせぬか?」
「はや? うっとぉ、ちょっと寒ゃむいの。」
お鼻がむずむずしゅゆのと
一丁前に目許を眇めて、声を低くし、
こりは内緒のお話なのねという雰囲気を作るものだから、
「〜〜〜〜〜。」
「頑張ってこらえよ。」
吹き出し掛かるセナくんの口許へ白い手をあてがい、
そちらさんもまた
さっきよりもっとお顔をほころばせているお師匠様が、
こそりと囁いたのは言うまでもない。
こんなやりとりとなったため、
セナくんとしても気がついたのが、
「お師匠様は御存知だったのですか?」
「何だか様子がおかしいことへ、か?」
こくりと頷くあどけないお顔へ、
そちらからも“うんうん”と頷いてやり、
「まま、じかには見れぬものだしな。」
どうしたものかと周囲をキョロキョロ見回してから、
椿の葉を1枚取っておいでと書生の坊やへ指示を出し、
自分は広間へ一旦引っ込むと、
夜中の書見へお使いの燭台を手に戻ってくる。
「こんなやり方は乱暴なんだがの。」
乱暴者が言うのだからどんだけ乱暴なんだかと、
小さな肩を思わず震わせたセナくんの前で。
火皿の部分に指を立て、
そこについてた黒いススをすくい上げると、
椿の葉へ薄くなすり付けて見せ、それをかざすと空を見上げて見せる。
鋭角な目許をなお眇め、
それでもそれで成功だったか再び“うんうん”と頷くと、
「あんまり長く見るんじゃねぇぞ。」
その葉をセナくんへと手渡して、
日輪を指さして見せるので、
「??? あ。」
言われた通り、まだまだ目映いお昼間のお陽様を見上げれば。
どうしたものか、赤みの強い
「輪っかになってますよ?」
「ああ。」
あんまりじっとは見るなと繰り返してから。
淡い緑の小袖と浅黄の桂を重ね、
袴は濃翠という色襲(かさね)の衣紋のお師匠様。
その桂の懐ろから桧扇を取り出すとそれで口許を覆いつつ、
「実はな、たった今だけ、日輪へ月の輪が重なっておるのだ。」
重大なことだからという鹿爪らしいお声とお顔で、
ぼそりと口にしたものだから、
「え? 〜〜〜〜〜〜っ。」
大声で復唱しかかったセナくんのお口を手で塞ぎ、
「こらこら、小声で言った意味がなかろうよ。」
くつくつ微笑った蛭魔であり。
いるよね、こういう人…じゃあなくて。
そんな言いようを続けたものだから、
「あ、もしかして……。」
ボクのことをかついでらっしゃるのでしょうかと、
今度はやや上目遣いになる書生くん。
「どんだけ信用がないのやらだの。」
「うっせぇよ。」
挟まったお声は、どこかお外から戻って来たらしき蜥蜴の総帥様。
苦笑交じりに庭側の枝折戸を押して、姿を現した偉丈夫さんへ、
「葉柱さんもお気づきだったのですか?」
紛うことなく邪妖の頭目だというに、
こちら様には常識を感じるお弟子さんもどうかと。(笑)
それはともかく、
彼のほうは浅黄と縹(はなだ)の色襲という、
やはり涼しそうな組み合わせの水干姿の坊やから、
お眸々うるうるで すがられて、
「まあな。」
邪妖だからなとは さすがに言わなかったけれど、
「日輪が隠れるのは何もこれが初めてじゃなかろうよ。」
「そ、そうなんですか?」
まあ確かに、先程も蛭魔が呟いた通り、
目映いお天道様を凝視することはまずなかろうから、
そうそう気づくことでもなかろうがと付け足してやれば、
「何の、先々では
あらゆる気配へ注意を払わねばならぬ身の上だぞ?」
「はやや…。///////」
様々にお勉強を教えてくださるお師匠様から言われては、
さすがにぐうの音も出ないというところ。
そんなセナくんの肩口へちょこりと座ったままだったくうちゃんも、
はやや…と少々鼻白らんだところを見ると、
“もしかして、朽葉辺りから説明はされてたな。”
うっかり忘れておりましたというクチかと、
白皙の美貌を淡くほころばせ、
こそり苦笑したお師匠様だったりしたそうで。
この時点で気づいていた人は、
恐らく天文関係者のしかも一握り。
そりゃあ大きな天体のお話なのに、と小首を傾げる書生くんへ、
直接影響が出ないならそんなものさねと、
やはり苦笑を見せたお師匠様で。
椿の葉っぱを順番こに回し、
空へとかざしちゃ仰ぎ見ていた
術師のご一家の皆様だったのでありました。
〜Fine〜 12.05.24.
*今頃に“金環食”の話題ですいません。
こうまで広範囲で観測出来たのは平安時代以来
…とかいう表現をなさってたのをどっかで聞きまして。
(範囲を広げりゃ、そりゃあ間も空くでしょうが。)
だけども、当時の人たちって
果たして気がついたんだろうかと思ったもので。
そうかと思えば、皆既日食はさすがに気づいたようで、
災厄の前兆とか言われたりもしたようです。
(そういや、日出づる処の天子にも出て来たなぁ。)
あと、動物は何も反応しなかったというレポートも
あちこちから聞きましたが、
飼い犬や動物園の生き物ではね。
ご飯も安全も確保されてての
色々と至れり尽くせりじゃあ危機感も薄いだろうし、
下手すりゃあ現代人以上に
そういう感覚が鈍っているのかも知れません。
めーるふぉーむvv

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